利休への思い

屋根葺材は茅葺きか板葺き。内部は人が立ってやっと程度に天井を低くする。天井の形
には変化をつけ、板・竹・葦などを使う。窓の位置、形にも変化をつけ、壁下地の竹小舞
を現わしにした下地窓なども造る。そこに障子がつく。部屋の広さは四畳半を定型とする
が、三畳台目、三畳、二畳台目、二畳と小さくもなる。

台目というのは号大の畳をいう。
茶室には別室に水屋を造り、道具類を置き水場を設けて茶会の準備室とする。亭主はそこ
から道具口・茶道口と呼ばれる出入り口を使って茶室に出入りする。客はにじり口と呼ぱ
れた這い込むより他ない小さな出入り口を使う。にじり口の外には手洗があり、刀を帯び
ていた時代にはここで侃刀を外して掛けておく刀掛けを設けていた。

茶室内が武装解除の
空間だったからだ。茶室内には床の間、亭主が茶を点てる手前座、茶釜をかける囲炉裏な
どのしつらえがあって、客の座り方まで決められていた。

草庵風茶室の造りょうを問われた時、利休は「晒屋に名馬繋ぎたるが如し」と語ったと
いう。随屋はあばらやのことだが、名馬とは何を意味するか。様々に解釈されているが、
ここでは、意匠、現代語で言えばデザインと解しておくらしい。